【さらば住友】8年間勤めたホワイト企業を退職し、子連れニートになります。

先月末を以って、某ホワイト企業を退職しました。

先月末で、冠に “住友” と名がつく財閥系メーカー、いわゆるホワイト企業を退職しました。

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新卒で入った人材系ベンチャー企業で疲弊し、命の危険を感じて転職したぼくにとっては
文句のつけようがないくらいの優良企業でした。

 

企画マーケティングGという部署だったのですが
第二新卒の当時未熟だったぼくを、寛容に受け入れて頂き、

  • 全社の経営企画資料作成
  • iPadを使った販促活動の企画 & コンテンツ開発
  • 2000万の予算を使う大きな展示会の企画運営
  • 自社オウンドメディアの立ち上げ

 

といった全社に影響する仕事を任せてもらい、振り返ると充実していたなと思います。

 

最強すぎる福利厚生

福利厚生も最強。

例えば、会社都合で転勤した場合、最大13万円もの家賃補助を受けられるんですよ。(世帯の場合)
年収換算するとスゲェインパクト! (最大 13×12=156万円!)

で、そんな超いい会社を辞めちゃいました。

 

ホワイト企業を退職するきっかけ

仕事で燃え尽きる

細かい要因はたくさんあるのですが、一番の大きかったのは当事者意識の希薄化。

(出典:日立金属HP ※画像はあくまでもイメージで本記事との関連性はありません)

きっかけとなったのは2014年の秋の大きな展示会。

半年以上前から準備し、デモ内容やらノベルティやらを改善した結果
来場者を前回比150% (2,000人→3,000人) にする成果を上げたのですが
そこで燃え尽きちゃいました。

というのも展示会終了後、今までほとんどフォローしてこなかった現上司が、事細かく介入し始め、総括会でも成功要因を完全否定。で偉そうに指示を振りかざす。

イヤイヤ、あなた全然フォローしてくれなかったですよね?そんなやつに今更あれこれ言われてもやる気おこらねぇよ。

半年以上寝ても覚めても展示会のことを考えてきたぼくの情熱は、率先垂範という言葉を知らない上司の介入により一気に冷めてしまったわけです。

俺の費やしたエネルギーは一体何だったんだと・・・

 

 

気持ちが萎えるとすべてがやらされ仕事になる

そこからは業務のほとんどがやらされ仕事に見えてきちゃって。あぁアカン。

本人の適性や気持ち、情熱なんて関係なく、これは“仕事なんだからやれ” という一見納得できるようでできない理屈で雑用仕事を押し付けられる日々。

30代前半にも関わらず、同じフロアで一番の若手という年功序列構造も状況に拍車をかけました。いやいや、俺以外のヒマそうなオジサンに依頼してよと心のなかで何度思ったことだろう。

そんな状況下でもブログ運営の経験を活かして、集客用の自社媒体サイトをほぼ独力でつくり上げ、常務から評価していただいたものの、上司にはちくちく否定され 行動が制約 されることに。

  • 残業禁止。
  • 外部関係者とのアポは事前に許可必要。

あぁめんどくせぇ。

うちの上司、やる気を消失させる天才なんじゃねぇかと思いました。

 

せっかくなんで毒も吐いときます。

時間とかコスト効率とかいう割には、斬新なアイディア考えろって無茶苦茶やで。

まずはいろんな雑用を働かないオッサンに振ってくれや。

それにコストコストいうなら、テメーが50代になっても住み続けとる世帯用社宅を出ろや!
それで150万円浮くわ!

お見苦しいところをお見せして失礼しました。

当事者意識は、管理しすぎると消え失せる

  • 組織の規律を名目に部下を完全にコントロールしたい上司と
  • 良かれと思ったことはすぐに試してみたいがために勝手に動きまわろうとするぼく。

ミスマッチが引き起こす非効率。

その時悟ってしまったんですね。あぁ、やべえ、このままじゃあ腐っちまうなと。
言われたことをただ遂行するだけの社畜になってしまうなと。

 

▼当時の心境をまとめた記事
当事者意識は、自分で考え、決意し、行動したことに対し、宿る。

そんな感じで約1年気持ちを殺して働いてきましたが、何も変わらず。

我慢しつづけても良いことって全然ないんですね。

当事者意識を持てない仕事を割り切って続けるほど辛いものはなかったです。

こんな社畜化した父親の姿、息子が大きくなった時には見せらんねーわ。

そんな危機感が退職という気持ちを引き起こさせました。

 

転職サービスに登録するも、いまいちピントこない。

ちょっとこれは環境を変えなきゃヤバイんじゃね!
転職サービスに登録して案件を眺めたこともありました。

が、琴線に触れるものがない。

条件面では不足ないにも関わらず湧き上がるものがないのは何故だろう?

 

ローカルベンチャースクールで違う世界を知る。

そんなモヤモヤした気持ちを抱いていた中で知ったのが、ローカルベンチャースクールというプログラム。

当時考えていた課題に対してドンピシャでした。
▼参考記事

ローカルベンチャースクール関連記事

全授業に出席し、実際現地でのフィールドワークにも参加して驚いたのが

出会った人たちが全員当事者意識を持って自分らしく生き生きとしていたということ。
雑誌やらインターネット上でそういう人がいることは知っていたけど

実際目の当たりにして、実在するんだ!という実感とともに、自分もそんな生き方をしてみたいなと思うようになりました。

転職サービスでの案件がいまいちピンとこなかったのは、自分らしい生き方が見えてこなかったからなんでしょうね。

まわりの人に何故働くのか聞いてみた。

とはいえ、実はうちの会社でも自分らしく生きている人はいるんじゃないかと思い
ある週の金曜日、残業で遅くまで残っていた先輩方に、思い切って

”何のために働いているんですか?”

と聞いてみました。

その結果は
・・・・・
お金のためだった

あぁ、みんなお金のためでした。割りきってました。

 

宝くじが当たって大金が手に入れば、いつでもこんな仕事辞めてやるって。
みんな我慢しながら働いているんですね。ガビーン!

 

先輩方がそんな気持ちなら、遠からずぼくもそうなっていくことは必至・・・。
ますますモヤモヤ感が増幅されてしまいました。

 

30後半になると、考えなくなってしまう

衝撃だったのが、30後半に差し掛かると、そういった生き方や人生について考えること自体を諦めてしまうというパイセンのお言葉。

確かに自分に照らし合わせて考えると、20代の時よりも活動エネルギーが低下しているように思えます。
ヤバイヤバイ。危機感がある今のうちに動かないと・・・

 

新井貴浩の本を読んで次は決めずに辞めようと思った

次の進路は決まってから辞めるというのがスマート&定石ですが、
3月末、広島から東京に帰るときに、広島駅の本屋で買ったこの本が考え方を変えます。

 

広島→阪神FA→広島復帰  した新井貴浩選手が当時の心境を語っている本。

新井さんの本だし、と新幹線車中で油断して読んでたら、ボロボロと涙が流れ落ちてました・・・・。

 

2014年阪神在籍時、結果を出したにも関わらず、助っ人ゴメスが重用され、公平な競争環境がないことを悟った新井さん。

阪神に残留し続けたとしても7,000万円の年俸が約束されていたのですが、自ら自由契約を望みました。この時彼は次を決めていなかったようなんです。
結果、自由契約になってすぐに声をかけてもらった古巣広島に戻るわけですが、厳しい競争を経てレギュラーを勝ち取り、活き活きと試合に臨む現在の新井選手を見ていると、

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  • 目先の金銭にひかれてウジウジ留まるよりも、
  • 本心の赴くままに思い切って決断したほうが良い結果になる

と思えてきたんですね。

 

思い切って空白をつくろう。でないと今の環境にズルズルと引っ張られて堕落してしまう。

そういった心境になったわけです。

 

決定的となった熊本地震の体験

さらにそこに拍車をかけたのが、熊本地震での被災体験
▼参考記事

【実体験レポ】 4月16日 AM1:25 地震発生 熊本市内のビジネスホテル宿泊客に何が起こったのか?

 

 

 

 

思いがけず 死という局面に直面 して、後悔のない生き方 をしようという気持ちが決定的に。

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気がついたら、1週間後退職願を出していました。

 

次なる進路は某地地域おこし協力隊であったが・・・?

退職願を提出後、かねてより興味を持っていた地元広島の地域おこし協力隊にエントリー。

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6倍の応募倍率を通過し、内定を頂いたのですが・・・・

 

家族の合意が最後まで得られず、泣く泣く辞退することに・・・ オーマイガッ!

あぁ、現地に何度も行って調査し、応募書類も気合い入れまくって作ったのになぁ(涙
詳細はこの記事を見て推察して頂ければと・・・

平安神宮の神通力すごすぎるぜ・・・。

 

というわけで子連れニートに

正直見切り発車状態で進めていますが、現在はプログラミングスクールに通いつつ次の作戦を考える日々です。

うーん我ながらけっこう思い切った決断してしまったなぁオイ! やべぇー!

 

というわけで 否が応でも変化せざるを得ない環境下 にいるぼくの人生。

自分自身どういったシナリオになるか分かりませんが、
ブログ上でリアルタイムでお伝えしていきますので、応援の程よろしくお願いします。

 

今日の一句

 

“肩書は 子連れニートの ゴーヤ馬鹿”

 

3年後の答え合わせ

地域おこし協力隊になれなかった男の3年後

2019年7月8日

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